ビリヤードで言えば、球まわり
マージャンで言えば、引きや流れ
ビジネスで言えば、タイミング
でしょうか?
たしかに、どんな運がやってくるかは選べない。「実力も運のうち」というのは確かにそうで、その気になれば自分が人間に生まれたことや男女に生まれたことも運なのだから、すべて運に還元しようと思えば出来る。それでも、我々は雨が降れば傘を風に対して向ける。この「風に対して向ける」という行為そのものも運と呼んでしまっていいのか?
運は風のようなもので自分ではどうしようもないけど、それに対して衝突断面積(cross section)を調節することは出来る。幸運にはより当たりやすく、不運にはより当たりにくく
実力を向上させるというのは、早い話、実力()をハックすることである。それであれば、確かに可能だ。プログラマーならすぐにわかる話だし、プログラマーならずとも誰でもやっていることである。
ビリヤードの球まわりとは、自分に回ってきた球の配置のこと。
これに文句を言っているようではいつまでたってもB級(中級)
から抜け出せません。
そのまま崩れていけば自分のプレーはどんどん雑になり、相手は調子づき、簡単な球は絶対入れてくるようになるのだから、自分に回ってくるのはどんどん難しく、悪くなるのは当たり前です。
自分に回ってきたたった1回のチャンスに対しても、
どれだけのことができるかでその後の相手のプレーに
影響が与えられます。
「あのセーフティを当ててきたよ」とか
「渋い配置でまわされちゃったな」とか。
その1回のチャンスを活かせないほどひどい球が回ってくることも、往々にあることはわかります。
しかしそれは「運が悪い」のではなく、「実力がない」ことではないでしょうか。
「プロならなんとかするよな」とか思ったりしませんか?
つまり運とは、
成果 = 実力(運)(−100<運<100)
といった感じでしょうか?
マージャンではすべてが引きと流れで片付くのなら、
桜井章一氏の20年間無敗は達成されていません。
タイミングだけでプロダクトが流行るのなら、
クオリティを武器にした「ものづくり日本」は存在しえなかったはずです。
まぁ、それでも人間の力でどうにもできない運というのは
世の中にあるとは思いますが、
それはどうしようもないのですから、
変えることができるものを
がんばって自分によいものとしてひきよせましょう。
僕の友達で剣道をやっていたやつがいます。
対外との20人ずつの勝ち抜き戦をやっていた時のこと、
実力以上の力を発揮している「のっているやつ」を
運ではなく、実力であると考える戦略を立てたことがあると言っていました。
「運がいい」という考え方は周りの人間にも影響を与えます。
人知が及ばないものではなく、
それを論理的に解釈可能なものと思考を変える。
それって大切ですね。
じゃないと、明日からやる気がなくなっちゃいますしね。
なんでも成せばなると思ってることが、
健全で健康にいいですよ。
がんばっていきましょう。
小飼弾氏ブログ:404 Blog Not Found
成果 ≠ 運+実力







