高校野球県大会 女子マネの入場行進参加認める 宮崎
よくわからないのですが、これっていいことなんですか?
入場行進ってどれくらい「名誉」なんでしょうか?
それが問題ですよね。
男女性差別と言える部分とそうでない部分ってあるような気がします。
たとえば相撲。
横審に女の人が入れなかったのは確かに男女性差別で、改善されてしかるべきではあったけど、「女性は、土俵に上がれない、まわしを触れない」というのは別に問題にはなってないですよね。
これは「穢れ」の概念だと思うのですが、穢れにはいい面も確かにあると思います。
家の実家は正月の1日〜3日は女性は台所へ入れません。
親にはそういうものだ!として習いました。
しかし、大人になるにつれて、
「女の人は不浄だから」という穢れの概念を学び、
その後に「いつも働いている女の人を休ませる」という
昔の人の配慮と、それを正確に言い表せない
「ん〜素直じゃないんだから」という古来からの男の
不器用さがわかってきます。
土俵に上がれないというのもこれですよね。
要は危険な場所に女の人を近づけたくないということです。
ここで「入場行進」について考えてみたいと思います。
宮崎ではベンチ入りしない3年生の入場行進を認めていたのですから、
女子マネだけ認めないというのは明らかに差別ですね。これは認めるべきです。
しかし、県ではなく、日本全体としてはどうなのでしょうか?
「入場行進なんて、入ってくるだけじゃん」
というのなら、別に全国的に認めちゃえばって思うんですけどね。
単なる差別ですから。
しかし、
「入場行進は男も女も平等に、選ばれた人間しか入れない」
というのであれば、それはそれで格式や名誉を重んじる
ということで「あり」だと思うんですけどね。
でもなんでもかんでも「差別をなくして平等に!」みたいのって、
ちょっと面白くないですよね。がんばりがいがなくなるというか。
努力した人が、それ相応の栄誉を受けるというほうが、
社会的に健全だと思うんですが、いかがでしょうか・・・。
よくわからないのですが、これっていいことなんですか?
入場行進ってどれくらい「名誉」なんでしょうか?
それが問題ですよね。
男女性差別と言える部分とそうでない部分ってあるような気がします。
たとえば相撲。
横審に女の人が入れなかったのは確かに男女性差別で、改善されてしかるべきではあったけど、「女性は、土俵に上がれない、まわしを触れない」というのは別に問題にはなってないですよね。
これは「穢れ」の概念だと思うのですが、穢れにはいい面も確かにあると思います。
家の実家は正月の1日〜3日は女性は台所へ入れません。
親にはそういうものだ!として習いました。
しかし、大人になるにつれて、
「女の人は不浄だから」という穢れの概念を学び、
その後に「いつも働いている女の人を休ませる」という
昔の人の配慮と、それを正確に言い表せない
「ん〜素直じゃないんだから」という古来からの男の
不器用さがわかってきます。
土俵に上がれないというのもこれですよね。
要は危険な場所に女の人を近づけたくないということです。
ここで「入場行進」について考えてみたいと思います。
昨夏の大会では、ベンチ入りしない3年生選手の入場行進を認めており、今大会から3年生の部員全員で行進できるようになる。
宮崎ではベンチ入りしない3年生の入場行進を認めていたのですから、
女子マネだけ認めないというのは明らかに差別ですね。これは認めるべきです。
しかし、県ではなく、日本全体としてはどうなのでしょうか?
「入場行進なんて、入ってくるだけじゃん」
というのなら、別に全国的に認めちゃえばって思うんですけどね。
単なる差別ですから。
しかし、
「入場行進は男も女も平等に、選ばれた人間しか入れない」
というのであれば、それはそれで格式や名誉を重んじる
ということで「あり」だと思うんですけどね。
でもなんでもかんでも「差別をなくして平等に!」みたいのって、
ちょっと面白くないですよね。がんばりがいがなくなるというか。
努力した人が、それ相応の栄誉を受けるというほうが、
社会的に健全だと思うんですが、いかがでしょうか・・・。








なかなかしっかりとした見解をもっておられるようですね
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